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決定論から運命論は導けない

Determinism Without Fatalism — Making MacKay's Logical Indeterminacy Measurable
未査読・投稿前の個人草稿

主張は3つ

形而上学の解決ではなく、何を測るべきかの特定を目的としている。

1. 決定論と運命論は別物である

Sapolsky や Harris の議論が確立するのは、せいぜい因果的決定論である。 しかし読者が受け取るのは運命論——「どうせ決まっているなら考えても無駄だ」——であり、 この推論は不当である。本稿は介入主義的因果(Pearl)でこれを形式化する。

運命論 ⇔ ∀d₁,d₂ : P(O | do(D=d₁)) = P(O | do(D=d₂)) 熟慮 D にどう介入しても帰結 O の分布が変わらない、という主張

こう書くと、運命論は形而上学ではなく経験的主張になる。そして実行意図 (implementation intentions)やエピソード的未来思考の介入研究は、メタ分析水準で 「熟慮への介入が行動的帰結を変える」ことを繰り返し報告している。運命論は反証済みである。

さらに、ハード決定論者自身が刑罰制度の改革を訴える時点で、彼らは自らの実践において 運命論を否定している。

2. MacKay の論理的非決定性を量にする

MacKay (1960) は、物理的に決定された脳であっても、予測がその本人に届く限り、 その本人にとって原理的に予測不能でありうることを論じた。決定関数が自己シミュレーションを 含むため、不動点方程式になるからである。これを自己予測ギャップとして操作化する。

Γ := P[ f⁽⁰⁾(s) ≠ f⁽ᵏ⁾(s) ] 熟慮前の自己予測と、k回自己シミュレーションした後の選択が食い違う確率
草稿が自ら撤回した点。以前の版は Γ > 0 を自由意志と同一視していたが、 それは論点先取であるとして撤回されている。現在の位置づけは 「自己シミュレーションが状態を変化させたことの指標」にとどまる。

3. 測るべきは Γ ではなく Γ − C

ここが中核である。近似的無差別の領域(選択肢の主観的価値がほぼ等しい場合)では、 Γ は選択不一貫性という既知量に還元されてしまう。価値差が小さいほど選択は ばらつく——これは価値ベース意思決定研究で確立しており、ドリフト拡散モデルで 定式化済みの平凡な現象である。

Γ予測→選択 − C選択→選択 = MacKay 効果 C は同一選択対を反復提示したときの不一致率(遅延・介在課題を厳密に一致させたベースライン)
結果意味
Γ − C = 0 予測と選択は同じ分布から引かれている。予測という行為は状態を変えていない。MacKay の機構は人間に存在しない
Γ − C > 0 予測したことが、その後の選択の分布を変えた。MacKay の主張の直接的測定
著者自身の見通しは Γ − C = 0 である。 自説に有利な結果を予想していない。草稿にはこう書かれている—— これが本稿で最も鋭く、最も反証可能な検定である、と。

反証条件

どの結果が出たら何が崩れるかを、事前に明示している。

#この結果が出たら崩れる主張
1熟慮への介入が帰結分布を変えない 中心的主張(§3)。ただし既存のメタ分析により既に反証済み
2Γ − C の95%信頼区間が0を含む MacKay の機構は人間に存在しない(§4・§6)
3Γ − C が熟慮時間とともに減少する 状態変化説。証拠蓄積説のほうが支持される(§8.2)

立場を取らないことも明示されている。決定論の真偽、現象的意識、汎心論、道徳的責任、 自己参照系の熱力学——いずれにも踏み込まない。

現在の文献のどこに置かれるか

自由意志のページで追っている研究者と、この草稿の関係。

実装と予備データ

草稿は「人間のデータは報告しない」と明記しています。以下は、設計が動くことを 確かめるために回された対照実装と探索的パイロットであり、人間の結果ではありません。

1. ハッシュ関数による対照(n=300)

価値関数を持たない決定論的な系(SHA-256)で Γ を測ると何が起きるか。 これは「Γ が自明でありうる」ことを自分で示すための対照です。

自己シミュレーション回数Γ95%CIΔV依存(logit傾き b₁)
k = 00.000[0.000, 0.013]分散なしで推定不能
k = 10.507[0.450, 0.563]+0.0085 [−0.005, +0.022] p=0.23
k = 20.473[0.418, 0.530]−0.0046 [−0.018, +0.009] p=0.52
k = 50.493[0.437, 0.550]+0.0059 [−0.008, +0.020] p=0.41

自己シミュレーションを1回入れた瞬間に 0 から 0.5 へ飛び、以後は動きません。 コイン投げに落ちているだけです。そして価値差 ΔV のどの帯域でも Γ は一定で、 傾きの信頼区間はすべて 0 を含みます。ハッシュ関数には価値関数がないので、 選択肢の内容に依存しない——草稿の §6.1 が言っている通りの挙動が、そのまま出ています。

対照として機能している。人間で同じ測定をすれば、価値差が大きいほど選択は 安定するはずなので b₁ < 0 が予測されます。ハッシュでは b₁ ≈ 0。 この対比があるおかげで、人間側で b₁ < 0 が出ても「自己参照の効果」ではなく 「価値比較の効果」だと判別できます。

2. LLM での探索的パイロット(n=16)

Claude Code エージェントに同じ課題を与え、Γ と C を測ったもの。2026-08-15 実施。

95%CI意味
C 選択の揺らぎ8/16 = 0.500[0.280, 0.720]ベースライン
P 予測の揺らぎ4/16 = 0.250[0.102, 0.495]自己モデルの安定性
Γ 予測 vs 選択9/16 = 0.562[0.332, 0.769]自己予測ギャップ
Γ − C+0.062[−0.256, +0.364]帰無結果

信頼区間が 0 を含みます。自己予測を求めたことが、ベースラインの揺らぎを超えて 選択の分布を変えたという証拠は得られませんでした。 副次的に C − P = +0.250(CIは0を含む)——「何を選ぶと言うか」のほうが 「実際に何を選ぶか」より安定している方向ですが、この規模では区別できません。

この数字を過大に読まないための4点。 ① n=16 では差の信頼区間の幅が約 ±0.31 で、非常に大きな効果しか検出できません。 0.20 の差を検出するには各条件200試行が要ります。この帰無結果は「効果がない」ではなく 「大きな効果はなさそう」までしか言えません。 ② 測っているのは素のモデルではなく、システムプロンプトとツール足場を含む エージェント構成全体です。 ③ 温度を制御していません(C を差し引く設計なので必須ではないものの、対比があれば強い)。 ④ 最も重要——LLM は呼び出し間に持続する状態を持ちません。 ゆえに仮に Γ − C > 0 が出ても、それは「予測が予測対象を変える」機構の証拠にはならず、 人間の実験の代替にもなりません。

3. ブラウザ実装(E-A)

人間で測るための実装は動く状態にあります。価値がほぼ等しい選択肢のあいだで、 予測してから選ぶ条件と、予測せず反復して選ぶ条件を比べます。 データは送信されず、結果は画面内で計算されます。

実験 E-A を実際に触る →

投稿前に潰すべき穴

草稿を読んで見つかった、主張を弱める可能性のある点。

最大の問題 — 質問行動効果(question–behavior effect)。 「自分の行動を予測させると、その後の行動が変わる」現象は、1980年の Sherman 以来 40年以上の蓄積があり、自己予言効果単純測定効果とも呼ばれ、 複数のメタ分析が出ている。これは実質的に「Γ − C > 0 を別の領域で測ったもの」でありうる。 草稿の「66年間この差は測られていない」という主張は、このままでは通らない。

ただし逃げ道はある。質問行動効果が扱うのは、社会的に望ましい/望ましくない行動を 数日から数週間の尺度で見るもので、媒介変数として態度の接近可能性や認知的不協和が 論じられてきた。草稿が測ろうとしているのは、主観的価値がほぼ等しい選択肢のあいだの 即時的な二択であり、しかも同一選択対の反復提示によるベースライン C を引く設計になっている。 この差は本質的である。

やるべきことは主張の言い換えである。「誰も測っていない」ではなく 「質問行動効果として知られる現象は、近似的無差別領域の価値ベース選択において、 不一貫性ベースラインを統制した形では測られていない」に下げる。そのうえで、 質問行動効果のメタ分析を先行研究として正面から引用する。 草稿の §6.4 には既に「先行研究が見つかった場合は正直に引用し、主張を下げること」と 自分で書いてある。これがその場合にあたる。

次に大きい問題 — 運命論の的の大きさ。 定義 3.1 の運命論(介入しても分布が変わらない)を、Sapolsky や Harris が 主張しているわけではない。草稿はそれを自覚して「著者の論証ではなく公共的受容」を 標的にしているが、その但し書きは §1.1 に一度あるだけで、§3 の書きぶりは 彼らを論駁しているように読める。査読者はここを突く。標的が受容であることを 節の冒頭で繰り返すべき。
三番目 — 注意という交絡。 草稿の §7.7 が自分で指摘している通り、準備電位の主要規定因が注意であるなら、 予測を求める操作それ自体が選択肢への注意を変える。Γ − C > 0 が出た場合、 それが自己参照の効果なのか注意配分の効果なのかを分離する条件が要る。 現状の E-A にはその統制がない。
強みとして残る点。 この草稿の価値は結論ではなく作法にある。自分の主要な貢献を「既知量の言い換えだった」 として撤回した箇所(§6.3)があり、しかもそれを五度目の同種の失敗として記録している。 自分に不利な見通し(Γ − C = 0)を明記し、参考文献には未確認のものに印を付けている。 これは Libet 以後の自由意志論争で最も欠けていた態度であり、 内容の新規性が削れても、この部分は残る。